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2005年08月18日

ホルモンのスプレーで簡単に人を信じるようになる

人間の脳内でつくられるあるホルモンを散布して吸い込ませると、吸い込んだ人は、他人を簡単に信じるようになる、という実験に成功した、とスイスのテューリッヒ大学の研究者が、6月1日発行の国際科学誌「ネーチャー」で発表した。この研究では、まず、128人のボランティアを、このホルモンを吸わせたグループと、偽薬を吸わせたグループに分けた。こうしておいて、ボランティアを投資者にさせ、「銀行家」を相手にした「取引」をやらせた。「銀行家」は、自分に投資されたお金を、金利をつけて投資者に返してもいいし、元金も金利も取り上げて、懐に入れてしまってもいい、ということになっている。つまり、ボランティアたちは、リスクをともなう投資を行うのである。もちろん、これは本当の取引ではなく、ゲームなのだが、ボランティアたちは、だんだん投資に熱を帯びて、真剣になってくる。両グループの投資態度を比較すると、ホルモンを吸った人たちは、「銀行家」を信用する傾向が強くなってきて、どんどん投資するようになった。一方、偽薬組は、次第に慎重になってくるのがよくわかった、という。今度は、ボランティアたちに、「銀行家」という人間でなく、コンピュータを相手に「投資」をさせた。ところが、ホルモンを吸った人たちも、吸わなかった人たちも、相手がコンピュータになると、信用して投資額をどんどん増やすようなことはなく、両グループ間の投資態度に違いは出なかった。つまり、ホルモンを吸ったことにより、この人たちは、目の前の“人間”を信じるようになったのだ、と研究者たちは結論づけた。ところで、このホルモンは何なのか。視床下部でつくられ蓄えられる「オキシトシン」(oxytocin)という物質で、もともと子宮の平滑筋に作用して、子宮を収集させる働きがあるので、通常、陣痛促進剤として使われている。また、このホルモンは、母乳の出を促進させるためにも使われている。人間以外の動物では、オキシトシンの活性が、その動物の行動に影響していることは以前からわかっている。それが、今度、人間でも精神に作用することがわかったわけだ。
実験を行った研究チームの一人、テューリッヒ大学の経済学者のエルンスト・フェール博士によると、オキシトシンを吸って人を信用するようになった効果は、吸ってから50分後にピークに達し、2時間後には作用は消滅した、という。その目の前の人を信用するようになる、というこの研究の意味するところは大きい、と研究者たちは、指摘している。信用する、ということは、すべての社会関係を構築するための中核をなすこころの動きである。愛情、友情、金銭取引、契約、政治もすべて、相手を信用することがベースになっている。信用するということの生物学、については、これまでほとんど解明されていなかったが、この研究で。はじめてその糸口が見つかった、と言えそうだ。「ホルモンをスプレーするだけで、人を信用しやすくさせるということは、例えば、政治家が、集会でオキシトシンをふんだんにスプレーして、集まった人たちから、自分への支持を取りつける、とということも可能になるかもしれない」と、米アイオワ大学の神経科学者、アントニオ・ディマジオ博士は、コメントしている。同博士はまた、「ビジネスの取引でも、相手を簡単に信用させて、自分に有利に誘導することもありうる。政治も経済も、オキシトシンを使った世論操作や市場操作が横行する心配が起きるかもしれない」と警告している。また、倫理的な側面から問題を提起する人もいる。しかし、「この実験では、限られた条件のなかで行われた架空取引から得られた結論であって、人間の心の動きや感情は、そんなに単純なものではい。人間が抱く信用というものは、化学物質に還元できるほど、簡単ではない」と、社会倫理学者のブレント・ウォーターズ博士(ノースウエスタン大学)は言う。ディマジオ博士は、「人間の心の動きや感情を、科学的な観点から解明する研究は、今後ますます盛んになるだろう。これは避けられない方向だ。しかし、考えてみれば、日常的に使われている医薬品でも、身体だけでなく、精神に影響を与えるものも少なくない。麻薬などもそうだ。問題は、こうした“物質”のために、人間の尊厳が脅かされることのないようにすることである。そのために、知恵を働かせて、必要な規制をして、“物質”の乱用を避ける方策を考えることだ」と主張している。